8年後の今 被災地に引っ越してきて分かったこと

※若干重めの話になるかと思いますので、そういうのが苦手な方や震災の事を思い出すと気分が悪くなる方はご遠慮ください、すみません。

こんぬつわ、にゅーです☆

今日は3月11日。

そう、今からちょうど8年前、東日本大震災が発生した日です。

この地震により発生した津波は、東北地方や関東地方の太平洋側の街を襲い、多くの方が亡くなられ、多くの建物等も飲み込まれてしまいました。

この地震や津波で亡くなられた方につきましては、心からご冥福をお祈りいたします。

8年前の今日ですが、私は当時、東京に住んでいました。

一人暮らしで会社に通い、会社の倉庫的なところで作業をしていた時の事でした。

突如大きな揺れに襲われ、天井の蛍光灯は大きく揺れ、周りの商品が今にも崩れ落ちそうに。

これはヤバイ…!と思い、すぐに外へ逃げ、様子を見守りました。

こりゃ関東が震源地だったんだろな…震度5はあっただろな…

そう思って事務所に戻るとテレビの前に人だかりが。

「宮城県牡鹿半島沖震源地、最大震度は7」

あの地震でここら辺が震源地じゃないの…?と一瞬で顔が青ざめました。

その後、友達や会社の取引先が東北地方にもいたので、安否確認の電話を入れました。

今考えるとこれはかなり迷惑行為だったな…と反省しています。

そんなものに対応している余裕は被災地にはありませんし、何より携帯等の充電を減らしてしまうことにつながってしまう。

当時の私は震災時の対応について本当に知識不足でした…

とりあえず皆さん無事だったということで一安心、続いて運送のトラックやJR、船便が止まっていないか、商品の仕入れがちゃんと可能かどうかの確認のため、仕事に戻ったわけなんですが…

それから間もなく、テレビにさらに恐ろしい光景が…

津波

今までニュースとかで津波がどうのこうの言っていても「1mの津波とかwww」と舐めた気持ちで見ていたくらいでした。

ところがテレビに映し出されたのは…

次々と街を飲み込んでいく大津波。

この世の終わりかと思うような光景。

今も目に浮かぶくらい衝撃的な光景でした。

そして夜になると…

気仙沼で大火事が発生。

毎日大きな余震も発生して東京にいた私ですらちょっと不眠症になりかけたくらいだったので、当時東北地方にいらっしゃった方のご心労は計り知れないものだったんだろうと思います。

できることなら被災地の力になりたい…でも何をしたら良いか分からない…

テレビを見ると痛々しい地震・津波の傷跡や被災者の方々のインタビュー等がやっており、自分の無力さに悲しくなりました。

そこで自分ができること…と考えに考えぬいて、ようやく考え付いたのが募金と仕事。

変なところに募金するわけにはいかないので、日本赤十字募金に10万円ほど募金をさせていただきました。

そして仕事。

私の仕事は野菜の卸だったので、荷物を東北地方に安く送ったり、逆に東京電力福島第一原子力発電所の風評被害で販売先が一気になくなり困っている生産地があれば積極的に荷物を集荷して東北応援セール等組んだりしました。

当時関西地方の市場が揃って東北地方の青果物の取扱NGを出しましたからね。

確かに放射能汚染の心配はあります。ですがしっかり検査をして、規定値を超えないものを出荷してもらっているわけで。

そういった苦労を踏みにじるようなことをするのはいかがなものなんだろうと思っていました。

まあ食の安全の徹底とすれば、消費者の安心にも繋がるんで一概に否定してはいけないとは思いますが、個人的にはこれまで出荷してくれていた生産者を裏切るこの行為は最低だと思っていました。

だから代わりに全部売ってやる!くらいの気持ちでやっていました。

ありがたいことに全国青果物取扱シェアNo.1の会社だったんで多少は力になれたかなぁと思っています。

しかしね、やはりできることはこれくらいなわけで。

これで被災地の方々が楽になるかと言えばそうでもなく。

でも私は当時これで自己満してたんです。

ああ、こうやって被災地の力になれてよかった。と。

そしてテレビを見ると徐々に復興も進んできているし大丈夫そうだな。と勝手に自分の中で解決してしまっていました。

それから4年の月日が経ち、今の嫁と出会い、結婚の許しをいただくために、嫁の実家である気仙沼に挨拶に出向くことになりました。

気仙沼と言えば…あの大火事のあったところか…と頭をよぎりましたが、テレビを見る限り、仙台はかなり復興が進み、もう他の都市と遜色ない、いや、むしろかなり発展した街になっていると思っていました。

だから気仙沼も南三陸ももうしっかり復興しているんだろう…と思っていたわけで。

むしろ新しい建物とかたくさんできて発展してるんだろなぁ…と軽く観光気分でした。

そして仙台から気仙沼へ向かうバスに乗ると…

やはり仙台、しっかり復興していて綺麗な建物ばかり、人も多く賑わっていて、一安心しました。

…が、ひとたび郊外に出るとちょっと様子がおかしい…?

あのひん曲がったガードレールは何だ…?

一階の窓ガラスが全部割れた廃墟みたいな家がたくさんある…?

そうです、テレビでやっていた復興など一部。

実際はちょっとずつは進んではいるものの、全然復興しきっていない。

この時、改めてテレビ等の目立つメディアに騙されてはいけない、

ちゃんと自分の目で見たものを信じなければいけない。

切にそう感じました。

その後、私は婿に入ることとなり、当時やっていた東京の仕事をやめ、気仙沼に移住することに。

気仙沼をいろいろと見て回ったんですが…

まだぐにゃぐにゃになったガードレールや柵が放置され、荒れ果てた住居がたくさん残り、瓦礫もたくさん残っている。

こんな状況なところがまだまだたくさんあったんです。

それなのに私は「被災地の力になれてよかった。」とか「復興も進んで大丈夫そうだな。」とか思っていたわけです。

実際に住んでみて、本当にまだまだ復興の途中なんだということを実感することができ、同時に自分の考えの甘さに本当に腹が立ちました。

そして宮城で新しい職に就いて、宮城の方々とたくさん触れ合うようになりました。

他所から人が来たらする話は…やはり震災の話になります。

私としては、本当にもう復興したもんだと甘く見ていた、余所者はそれくらいの解釈なのかもしれない、申し訳ない等々、色々な方々と話してきたんですが、ほとんどの皆さんはこう答えてくださいました。

心配してくれるだけで充分。普段通りに生活してくれれば別に良いし、その中で少しでも東北の事を考えてくれたらそれだけで本当にありがたい。苦しむのは自分たちだけで充分。

と。

これを聞いた時、そんな風に考えていたのか…と思ったと同時に、被災地から離れた人々が何をすべきかが分かったような気がしました。

世間では震災等、災害があると事あるごとに不謹慎だ!とか自粛だ!とかありますが、

実際被災した方々はそんな風には思っていない人が多いようなんです。

ただね、某国の横断幕で「震災をお祝いします」みたいなアレ。災害を揶揄するような真似は絶対に許してはいけないと思います。

まあこれを話し出すとさらに長い話になっちゃいそうなんでとりあえず置いておいて。

それよりも楽しく暮らせているならそのままの生活を続けて、日本経済を回してもらっているほうが良いってわけです。

普通の生活。ちょっと贅沢な生活。遊園地・パチンコ等娯楽施設に行く生活。

これは別に不謹慎だという解釈はしていない、むしろ普通にやっててくれという方が大多数でした。

でもね、この普通の生活。一生持続できるかというとその可能性は低いわけで。

いつか関東地方や中部地方でも災害が起こって大混乱に陥るかもしれない。

外国の大地震で津波がやってきて海沿いの街が大変なことになるかもしれない。

そうなったら…普通の生活なんてできません。

だからね、被災しなかった人々ができること。それは、

普通の生活を守るために、これまでの災害を他人事と思わず、しっかりと対策をしておく

これだと思うんです。

もちろん募金や被災地のためにボランティアに行ったり、何かしらプラスになることをしたりすることも大切です。

ですが、

同じような災害が発生した時に同じような被害に合わないように万全の対策を練っておく

これが一番重要なんじゃないでしょうか。

だからね、今日は3月11日。

ちょっと震災の事を忘れていた人でも思い出す日ですよね。

災害が発生した時のための準備、しておきませんか

簡単なことでも良いです、水を買っておくでも良し、非常食を買っておくでも良し、災害キットを買うも良し。

今日は将来起こりうる災害について考える日にしてみてはいかがでしょうか。

それが被災された方々の願いでもあるんです。

自分たちのような苦しみや辛さを味わってほしくない。

自分や、近くにいる大切な人のためにも、ね。

重苦しい話を長々と書いてしまい、申し訳ありませんでした。

でもね、被災地から離れていた自分が、実際に復興途中の街に住むこととなり、感じることがたくさんあったので、それが少しでも伝わればと思い、書かせていただきました。

ちなみに今はかなり復興が進んできて色々な新しい施設や建物、道路も整備されてきていますんで、ぜひとも一度気仙沼にお越しください☆

おいしい魚と一重の貧乳好きおっさんが待っています←

読んでいただきありがとうございました。

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ABOUTこの記事をかいた人

にゅー

1984年に岐阜県で生まれ、現在宮城県在住。妻に栄養について色々と教えてもらいながら健康な体を維持しています。次は目指せ細マッチョ!